長沢 秀之『「C 通信」- 目の記憶-』
NAGASAWA Hideyuki “C-TRANSMISSION -Memories of the eyes-”
C1 不時着 Emergency Landing
1.飛行機は飛び立ってまもなく何も理由なく不時着した。窓からは、見覚えのある入間川の水の流れが見える。
2.いや違う・・・もっともっと大きい川。窓から見ると激しい水の流れと橋のようなものが見える。オレはソイツと一緒に機外に脱出した。
C2 コロナスーツ(コクーン) Corona Suit (Cocoon)
街はひとであふれかえっていた。みんなが透明なスーツ、通称コクーン(繭)を付けている。シャボン玉のように薄い皮膜でつくられ、付けているひとのかたちに合わせて変化した。
C3 空中のピアノ Piano
ピアノが空中に浮かんでいる。そこからは音と音楽のあいだのようなものが聞こえてきた。だれもがコクーンをはずしてそれを聞こうとした。
C4 生物と無生物 The new coronavirus is not a living organism
一緒に機外に出たソイツは、いつの間にか別人になってウイルスのことを説明し始めた。それによると、ウイルスはDNAやRNAなどの核酸が、タンパク質の殻に包まれた構造を持っているが、生物ではないので死ぬことはないと言う。オレは以前見た「アンドロメダ病原体」の映画に出てくる結晶状の構造物と、庭に毎日飛んでくるジョウビタキ(鳥)が合体したようなものを想像した。
C5 The Earth
2. Front line
3. Healthcare workers
C6 トンネル Tunnel
4000000000
3000000000
200000000
50000000
1347
1854
1918
1976
2002
2012
2020
C7 記憶喪失 Amnesia
Who?
C8 記憶喪失前 Before memory vanishes
死の最前線でたたかったひとびと
一緒にいた友人は次の一節を読み上げた。
「人類は文明を超えて生きのびなければならない。人類は建築や絵画や小説のなかでそのときに備えている。ここで肝心なことは、人類がこの準備作業を笑いならおこなっている、ということである。この笑いはときには野蛮にひびくかもしれない。それでいいのだ。」
(ヴァルター・ベンヤミン「経験と貧困」から)
C9 ふたたび Amnesia revisited
1. 少年のような…
2. とりまくひとたち…
C10 未来の記憶 Memories of the future
1. 声が聞こえてくる。大きな声ではなく弱々しい声がそれぞれのコロナスーツの中に響き渡っていた。
「もっと不自由を… もっと暗闇を… もっと引きこもりを…
もっとくじ引きを… もっと笑いを… もっとことばを…
もっとストライキを… もっと政治を… もっとリスクを… 」
2. カコ?
それはいつのことだろう?
キオクが飛んでしまっているからわからない。自分というのもわからない。
未来の記憶ならある。今から遡るのか進むのか、千年以上もあとの世界。
人類は度重なるウイルスの攻撃に会い、ついに自らもウイルス化するように身体を失った。遺伝子は常時保持しながら、めんどうくさい体のことは完璧な無菌室に置いた。そうして地球を去った。
それを見た記憶はある。なぜなら自分は地球を去らなかったから。一定数のひとは身体を保持したまま地球に残ったが、それらは人間というよりは動物に近い存在としてだった。その四つ足は地球の時間を感じ、宇宙の時間に通じていた。滅びやすいがウイルスと同じ時間のなかにあった。